日本銀行の短観(2026年6月調査)で、雇用人員判断DIは全規模・全産業がマイナス37でした。人手が足りないと答えた企業が、余っていると答えた企業を37ポイント上回っている状態です。一方で厚生労働省の毎月勤労統計をみると、2026年7月の実質賃金は前年同月比2.4%増。上がってはいます。
ただし2022年から2025年まで、実質賃金は4年続けて前年割れでした。人手不足は10年以上言われ続けているのに、賃金がその勢いで追いかけてきたとは言いにくい。
教科書どおりなら、人が足りなければ賃金は上がります。そうならない理由は、企業の側に賃上げ以外の選択肢がいくつもあることです。省力化に投資する。募集そのものを絞る。足りない現場を別の人で埋める。どれも賃上げより先に選ばれてきました。
筆者は外国人材の採用に、企業側と候補者側の両方から関わっています。企業が人手不足を口にしたあと、実際に何に決裁を出すのかを、手前の席で見る仕事です。ここでは「なぜ上がらないのか」を、採用する側が何を選んできたかという角度から、公的統計で追いかけます。
人手不足は続いていて、しかも場所が偏っている
雇用人員判断DIは、人員が過剰と答えた企業の割合から不足と答えた割合を引いた数字です。マイナスが大きいほど足りない。2026年6月調査の内訳はこうなっています。
- 全規模・全産業|マイナス37(先行きはマイナス40)
- 大企業・全産業|マイナス28
- 中小企業・全産業|マイナス39
- 全規模・製造業|マイナス27/全規模・非製造業|マイナス43
足りないのは、規模の小さい会社と、現場を持つ非製造業です。製造業との差は16ポイント。同じ「人手不足」という言葉でも、指している場所はかなり違います。
賃金も、統計の上ではしっかり上がっている
賃金が動いていないわけではありません。むしろ直近の数字は強いほうです。
- 現金給与総額|436,401円で前年同月比4.7%増(毎月勤労統計 2026年7月分速報、規模5人以上)
- 所定内給与|280,797円で4.1%増(同)
- 春闘の賃上げ率|5.01%、300人未満の中小組合は4.69%(連合の第7回最終回答集計、2026年7月1日時点)
- 最低賃金|全国加重平均1,177円で56円の引き上げ、2026年10月1日以降に順次発効(令和8年度の答申、9月3日までに全都道府県が答申済み)
数字だけ並べれば、賃金は上がっています。それでも手取りの感覚が変わらないとしたら、理由は次の章にあります。
4年分の物価に、賃金がまだ追いついていない
毎月勤労統計は、名目の賃金と、物価で割り戻した実質の賃金を両方出しています。年平均で並べると差がはっきりします。
| 年 | 名目(現金給与総額) | 実質 | 物価 |
|---|---|---|---|
| 2022年 | +2.0% | -1.0% | +3.0% |
| 2023年 | +1.2% | -2.5% | +3.8% |
| 2024年 | +2.8% | -0.3% | +3.2% |
| 2025年 | +2.3% | -1.3% | +3.7% |
4年続けて、上がった分を物価が食べています。2026年に入ってからは1月から7月まで実質がプラスに転じましたが、減った分を取り戻す途中という位置づけです。
7月の実質2.4%増にも、読むときの注意があります。この月は特別に支払われた給与、つまり賞与が6.3%増えていました。同じ事業所どうしだけを比べた共通事業所ベースでみると、現金給与総額の伸びは2.8%です。全体の4.7%より2ポイント近く低い。
上げる余力がある会社ほど、上げていない
ここで労働分配率という指標が効いてきます。企業が生み出した付加価値のうち、どれだけを人件費に回したかを示す割合です(労働分配率=人件費÷付加価値額)。
2026年版の中小企業白書が、財務省の法人企業統計をもとに企業規模別の数字を出しています。2024年度の値です。
| 区分 | 労働分配率 |
|---|---|
| 大企業(資本金10億円以上) | 47.3% |
| 中規模企業(資本金1千万円以上1億円未満) | 74.4% |
| 小規模企業(資本金1千万円未満) | 81.5% |
大企業は生み出した付加価値の半分も人件費に回していません。小規模企業は8割を超えています。同じ白書によれば、付加価値に占める営業純益の割合は大企業が36.0%、中小企業が9.5%でした。
つまり、払う余力が残っているのは分配率が低いほうで、限界まで払っているのは分配率が高いほうです。「賃上げできる会社ができていない」という状態が、数字としてここに出ています。
中小企業側から見れば話は逆で、これ以上人件費に回すと利益が残りません。最低賃金は毎年上がり続けます。原資を作らないまま賃上げだけを積むと、次に削られるのは人数のほうになります。
採る側には、賃上げの前に選べる手がある
人が足りないとき、企業が最初に検討するのは賃上げではありません。内閣府の令和8年度年次経済財政報告(2026年7月24日公表)が、企業アンケートの結果を載せています。
設備投資でもっとも前向きなのは維持更新の投資で、次いで省力化投資とAI・デジタル・ソフトウェア投資でした。しかも省力化の中身には偏りがあります。5年前と比べて増やしたものを聞くと、WEB・IT関係のソフトやシステムの導入が突出して多い。同報告は、定型的な書類作成や調整業務ではAIの導入が進み始めている一方、それ以外の分野の自動化はさほど進んでいないとしています。
減らせるところから減らしている、ということです。手を動かす現場のロボット化より、事務のソフト化のほうが先に進んでいます。
企業規模別では、省力化投資を増やしたという回答の割合はすべての類型で大・中堅企業が中小企業を上回りました。分配率に余力がある側が、賃上げではなく設備に回している構図とも重なります。
決裁の性質の違いも大きいところです。賃上げはいちど上げると翌年以降の出発点になりますが、設備は買い切りで、効果が数字に出る時期も見積もれます。稟議として通しやすいのは後者のほうでしょう。
人手不足なのに、求人はむしろ減っている
もうひとつの選択肢が、募集そのものを絞ることです。厚生労働省の一般職業紹介状況(2026年7月分、8月28日公表)はこうなっています。
- 有効求人倍率|1.18倍(季節調整値、前月と同水準)
- 正社員の有効求人倍率|1.00倍(同)
- 新規求人(原数値)|前年同月比0.8%減
- 減った産業|宿泊業・飲食サービス業が10.7%減、卸売業・小売業が7.3%減、生活関連サービス業・娯楽業が6.5%減
- 増えた産業|製造業が6.8%増、医療・福祉が1.3%増
人手不足感がいちばん強い非製造業で、求人が二桁減っています。募集を出しても来ないなら、募集をやめて回し方を変える。そういう判断が数字に出ていると読めます。
ただし、この数字だけで「企業が採用をあきらめた」と結論づけるのは早すぎます。同じ内閣府の報告によれば、入職者のうちハローワークで就職先を見つけた人の割合は2013年の24%から2024年には16%へ下がりました。求人の一部が民間の紹介や求人広告へ移っている分、ハローワークの統計は実際より弱く出ます。
それでも、募集を絞る動きが強まっていること自体は変わりません。採用が失敗したときのコストは採る側にとってかなり重く、その重さは面接で確かめる中身にも表れています(転職の面接で見られている3つ)。無理に採って早期に辞められるくらいなら、募集を止めて業務を減らすほうが安い。そういう計算が働きます。
賃上げを交渉するテーブルに、6人に1人しか座っていない
春闘の5.01%という数字は、労働組合が回答を引き出した企業の集計です。では、その集計に入る人はどれくらいいるのか。
厚生労働省の労働組合基礎調査(令和7年、2025年6月30日現在)によると、推定組織率は16.0%で過去最低を更新しました。パートタイム労働者にかぎると8.8%です。働いている人のおおよそ6人に1人しか、組合を通じた賃金交渉の枠内にいません。
交渉力は、組合だけの話でもありません。地域に大きな勤め先が少なければ、条件が不満でも移る先がない。移りにくいほど、賃金を決める力は雇う側に寄ります。人手不足という言葉から想像される売り手市場は、地域や職種によってはそもそも成立していない、ということです。
政策で押し上げても、効き方には差がある
賃金を上げるための政策は打たれています。効いているものと、効きがはっきりしないものがあります。
効いているほうが最低賃金です。毎月勤労統計の2026年7月分では、パートタイム労働者の時間当たり所定内給与が1,460円で5.7%増。一般労働者の所定内給与の伸び3.9%を上回っています。この7月の数字に効いているのは、前年度(令和7年度)に全国加重平均1,121円まで引き上げられた最低賃金です。下から順に押し上げる形では、たしかに動いています。令和8年度の改定額は全国加重平均1,177円で、前年度から56円(約5.0%)の引き上げ。2026年10月1日から12月2日までの間に、都道府県ごとに順次発効される予定です。
はっきりしないほうが税制です。賃上げをした企業の法人税を軽くする賃上げ促進税制について、財務省は法人税のEBPMに関する勉強会の事務局資料で検証結果を示しています。マクロデータを使って制度創設の前後で賃金上昇率に違いがあるかを測ったところ、統計的に有意な差は確認できなかったという内容でした(分析に使ったのは1995年1〜3月期から2023年4〜6月期のデータ)。賃金は企業収益や雇用情勢に左右されるため、税制の効果だけを取り出して測るのは非常に困難だ、とも書かれています。政府の税制調査会は2026年9月1日の専門家会合で、この税制の効果をあらためて議論しました(日本経済新聞 2026年9月2日)。
制度で下限を上げると賃金は動く。税の優遇で自発的な賃上げを促すやり方は、効いたかどうかを取り出せない。今のところ、そういう結果が出ています。
足りない現場を外国人材が埋めてきたが、そこにも枠がある
賃上げ以外の三つ目の選択肢が、採る相手を変えることです。厚生労働省の外国人雇用状況の届出状況(令和7年10月末時点、2026年1月30日公表)によれば、外国人労働者数は2,571,037人で、前年から11.7%増えました。届出が義務化された2007年以降で最多です。
ただし、いくらでも足せる仕組みではありません。特定技能1号には分野ごとに受入れ見込数、つまり人数の上限が設けられています。外食業分野は上限の5万人に達する見込みとなり、出入国在留管理庁は2026年3月27日の発表で、同年4月13日から在留資格認定証明書の交付を一時的に止めると決めました。
費用も上がっています。在留資格の手数料は2026年10月から大幅に引き上げられ、更新・変更は在留期間に応じて最大75,000円になります(在留手数料が最大20倍に)。安い労働力として無制限に足せる、という理解は現場の実態と合いません。
それでも人数は増え続けています。日本人だけでは埋まらない現場が、実際にそれだけあるということです。
よくある質問
春闘で5%上がったと聞きますが、自分の給料は上がっていません
連合が公表している5.01%は、労働組合が会社から回答を引き出した企業を集計した数字です(2026年7月1日時点の最終集計)。厚生労働省の労働組合基礎調査では推定組織率が16.0%なので、この集計に入っていない働き方のほうが多数派になります。組合のある300人未満の企業でも4.69%で、規模計より0.3ポイントほど低い水準でした。
実質賃金はプラスに転じたのではないですか
2026年は1月から7月まで前年同月比プラスが続いており、7月は2.4%増でした。ただし7月は賞与にあたる特別に支払われた給与が6.3%増えた月で、同じ事業所どうしを比べた共通事業所ベースの伸びは2.8%にとどまります。2022年から2025年までは4年続けて実質がマイナスだったため、水準としてはまだ戻し切っていません。
人手不足の業界に移れば賃金は上がりますか
人手不足感の強さと求人の増減は一致していません。2026年7月の新規求人は、製造業が6.8%増、医療・福祉が1.3%増だった一方、宿泊業・飲食サービス業は10.7%減、卸売業・小売業は7.3%減でした。不足感が強い分野ほど募集が増えるとはかぎらないので、業界単位ではなく求人の動きで見るほうが確かです。
最低賃金が上がると、その上の層の賃金も上がりますか
2026年7月の毎月勤労統計では、パートタイム労働者の時間当たり所定内給与が5.7%増、一般労働者の所定内給与が3.9%増でした。下のほうが速く上がっており、差は縮む方向にあります。上の層まで同じ速さで押し上げられているかどうかは、この統計だけでは判断できません。
外国人材が増えると、日本人の賃金は下がりますか
賃金への影響を統計から一言で言い切ることはできませんが、採用の実務からいえるのは、外国人材は人数の枠と費用の制約を受ける選択肢だということです。特定技能1号には分野ごとの受入れ上限があり、外食業分野は2026年4月13日から新規の受け入れが一時的に止まっています。在留手数料も同年10月から引き上げられます。無制限に安く採れる仕組みではありません。
賃金が上がらないのは、採る側が何を選んだかの結果
人手不足なのに賃金が上がらない、という話は、企業がけちだという話にするとそこで終わります。数字が示しているのは、もっと単純な選択の積み重ねです。
払う余力が残っている大企業は分配率が47.3%で、余力のない小規模企業が81.5%まで払っている。その一方で、企業が前向きな投資先の上位には省力化とAI・デジタルが並び、求人は非製造業から順に減り、足りない現場には外国人材が入って上限に届きはじめた。賃上げは、これらと並んだ選択肢のひとつという位置にあります。
そしてこの選択には続きがあります。省力化がまず削ったのは、定型的な書類作成や調整業務でした。そこにいた人はどこへ動くのか。動いた先で何が起きるのか。その先は「事務の求人は0.36倍なのに、事務職は10年で186万人増えた」で、職業別の求人倍率と国の推計から追いかけました。
出典
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026年7月分結果速報」(2026年9月8日公表)
- 中小企業庁「2026年版 中小企業白書」(原資料は財務省「法人企業統計調査年報」)
- 内閣府「令和8年度 年次経済財政報告」(2026年7月24日公表)
※本稿は2026年9月10日時点の公開情報にもとづきます。日本銀行「全国企業短期経済観測調査」、厚生労働省「一般職業紹介状況」「労働組合基礎調査」「外国人雇用状況の届出状況」、出入国在留管理庁の公表資料、連合の回答集計結果も本文中で参照しています。

